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第22回福井県民族派合同街頭演説会に参加

5月27日、毎月第4日曜日午後12時より福井駅前通り繊協ビル横において行われている、福井県の民族派有志一同による合同街頭演説会に参加した。この日は県内の民族派団体である、剛楯会、朝陽社、皇國櫻心會の3団体が参加し、5人の弁士が約2時間演説した。
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皇國櫻心會 会長
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皇國櫻心會 事務局長
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朝陽社 本部長

その他剛楯会会長、朝陽社会長が演説。

その後、福井駅頭のハピリンにおいて、福井藩士で明治維新の先駆者であり、安政の大獄で処刑にされた橋本左内先生のシンポジウムが行われたので参加した。今年は明治維新から150年、そして橋本左内先生の160回忌を迎える年である。この明治維新には、福井藩が密接に関わり、福井藩、薩摩藩、水戸藩、肥前藩によって維新への動きが始まったと言われており、その中でも橋本左内先生の思想は、のちの明治維新やその後の日本に大きな影響を与えたといわれている。明治維新150年の今年、我々も明治維新や福井藩士について今一度勉強し直し、考える1年にしたいと思います。



5月25日は、南北朝時代に後醍醐天皇に仕えていた楠木正成の命日である。楠木正成が祀られる神戸の湊川神社では24日から3日間、楠公祭が行われ、26日には神戸市内で武者行列も行われたようである。楠木正成は、足利尊氏や新田義貞と共に鎌倉幕府を倒し、天皇親政を築いた武将である。その後、南北朝の動乱により、北朝側に足利軍、南朝側に楠木軍と新田軍がつき、戦が続いていた。その様な中で、正成は新田義貞の首と引き換えに足利軍との和解を朝廷に訴えるものの、受け入れてもらえず、謹慎処分となる。その後、義貞が足利軍を打つように命じられるがうまくいかず撤退。よって、正成が呼び戻され、正成は、後醍醐天皇にいったん比叡山に入っていただき、正成、義貞軍で尊氏軍を挟み撃ちにする戦略を朝廷に提案するものの却下され、神戸の湊川で正面から戦うことになる。多勢の足利軍に追い込まれた正成は、近くの民家に駆け込み、弟の正季と共に七生報國を誓い自決した。この戦いが負け戦だと分かっていた正成は、戦の前に家に立ち寄り、息子に別れを告げたと言われている。大阪の桜井駅前には、滅私奉公と書かれた父子別れの石碑が今もある。楠木正成は、まさに、滅私奉公の精神で朝廷に仕えた武将であった。この様な、楠木正成の精神を受け継ぎ、滅私奉公、七生報國の精心で戦争に行った先人たちがいたことを我々日本人は忘れてはならないし、そして今を生きる日本人も、滅私奉公の精神を受け継いでいかなければならないのである。その滅私奉公の精神を一番持たなければならないのは、やはり、国を動かす政治家や官僚であろう。併しながら、ほとんどの政治家にその様な思いなど見られない。私利私欲、党利党略しか考えない腐った政治家ばかりである。その様な政治家は、政治の場から国民の努力で徹底追放し、日本人一人ひとりが奉公の精神を考え直し、将来の日本の為にも、教育の場でもしっかりとそれを子供達に教えていかなければならないであろう。
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Author:kensei594
福井県を拠点に愛国活動を行っている、右翼民族派団体、皇國櫻心會の公式ブログです。
嘗ての大東亜戦争を侵略戦争と位置付け、英霊の方々を侵略者扱いし、近隣諸国に謝罪や反省、賠償を繰り返してきた日本政府の対応や、日本を貶め続けてきた國賊に対し断固抗議し、日本人の名誉と誇りを取り戻し、主権国家としての体制を建て直す為、日々活動を行っています。

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