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平和安保法制反対福井県集会徹底糾弾街宣

8月23日、福井市内にある文化会館前の西公園において、現在安倍政権が成立を目指している平和安保法制に反対する大規模な福井県集会が開かれるという事で、我々は朝陽社の同志の皆さんと共に抗議活動を展開した。まず、12時30分頃より福井駅前通りにて約1時間街頭演説を行う。
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その後会場周辺にて街宣車による抗議活動を展開。当初1000人規模の集会と聞いていたが、思うように人が集まらなかったのか、主催者発表で600人、実際は400人規模の集会であった。参加人数の水増しは、左翼の常套手段です。しかしながら、今回の集会は市民団体のみならず、弁護士から高教組、医師、反原発、労組関係、共産党、社民党、民主党、緑の党など様々な所謂左翼と呼ばれる輩が集結しての集会という事で、我々は徹底糾弾街宣を行った。会場周辺は県警機動隊により規制がかけられ、車止めが置かれるなど厳戒態勢であった。我々が抗議街宣を行っていると、数人が挑発してくる場面もあった。

その後裁判所前交差点にてハンドマイクによる街頭演説を行い、付近を通るデモ隊に対しても抗議の声をあげる。

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挑発してくるデモ隊。労組関係は休日に嫌々ながら強制参加。その他このようなデモには毎回アルバイトで参加している者もいるとの話である。世も末である。

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その後福井駅前通りに戻り再び街頭演説を行う。いつもの街頭演説場所がちょうどデモ解散場所で、デモ解散後民主党、社民党、共産党、緑の党の代表者が我々に対抗し街頭演説を始めたため、我々も応酬し抗議街頭演説を行った。我々に応援の手を振って下さる方もいました。有難うございました。

万年野党で、政府のする事をすべて批判することしか脳のない日本共産党は放っておくとしても、民主党は現在でも野党第1党であり、責任野党である。しかも1度は政権与党となった政党である。そのような政党が、現実とも向き合わず、国民の生命や安全や平和を守る為の法案に反対一辺倒で、共産党や社民党とも結託し反国家活動を展開する姿は、呆れるどころか本当に迷惑な話である。このようないい加減な民主党の行為を、大多数の国民は迷惑しているのである。それは日本人の安全や平和がかかっている問題だからである。国民はちゃんと分かっている。だからこそ民主党の支持率は右肩下がりで、社民党など消滅寸前である。民主党や社民党のくだらない国会パフォーマンスや、国会議論を見ている周辺諸国は腹を抱えて笑っているに違いない。その間にも中国は着々と日本侵略の計画を進めているのである。市民団体はともあれ、政治家は現実と向き合い、国民の生命を守る為の議論をせねばなるまい。そのような議論が出来ないのであるならば、国民は迷惑している。とっとと解散してほしいものである。



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憲法を守れとか、憲法違反だなどと言う共産党や、民主党ですが、県条例も守らず所構わず街頭演説を行います。県条例では、県警の許可証が発行されない限り、福井駅前通り以外での街頭演説は認められていません。都合のいい時だけ憲法や、表現の自由、言論の自由などを持ち出しながら、県条例は守らない。福井駅東口や、西武前通り、エルパ前、県庁前などの路上で左翼街宣車による街頭演説を見つけたら、たいがいが条例違反行為です。見つけたらどうぞ抗議の声をあげてください。
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戦後70年談話を考える

戦後70年を迎えるにあたり、安倍首相は戦後70年談話を閣議決定した。以下に談話全文を記載する。




終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

 そして七十年前。日本は、敗戦しました。

 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。

 しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

 平成二十七年八月十四日

 内閣総理大臣 安倍晋三




今回の戦後70年談話については賛否両論の意見が出ている。左翼の中でも賛否が分かれ、右翼の中でも賛否が分かれている。朝日新聞は、あのような談話であるならば出さないほうが良かったと言っているが、右翼民族派の中でもあのような談話なら出さないほうが良かったという声も沢山聞いている。その様な中で、今回の談話で評価できる部分が3点あることは間違いないであろう。まず1点目は、戦後生まれが8割を占めてきている中で、これ以上何の罪もない次世代にまで謝罪の義務を負わせてはならないと明言した事である。当然だ。韓国は、日本が1000年経っても謝罪し続けなければならないと言っているが、このような韓国の反日姿勢に、日本国民は痺れを切らしている。謝罪しても反省してもお詫びしても何ら変わりのない中韓の反日姿勢に対し、日本国民は怒っている。今までのような中韓からの謝罪の要求が今回の談話によって無くなることは無いであろうが、日本国民の心に響いたことは間違いないであろう。そして2点目に評価できることは、今回の談話が、日本政府と言うよりも日本国民が主体となって日本国民向けに発出されたことである。今までに出された談話は、明らかに日本政府による中韓向けの謝罪談話であったことは明らかであった。しかしながら、今回の談話では、今までの談話とは一線を画するものであったことは評価できるであろう。そしてもう1点は、戦後一貫して日本が世界平和や、日本の平和の為に尽くしてきたという部分であろう。戦前であれ、日本人は平和を求め続けてきたわけであるが、右翼であれ左翼であれ、日本の平和を願ってきたことに変わりはない。日本民族というものはそもそも争いを好まず、平和を求める民族なのである。今回の安倍首相談話ではこの3点は評価できるであろう。その他は、曖昧な表現に終始したといった感じである。納得のいかない部分も無い事もないが、このような談話を出した以上は、我々国民は、次のステップに進まなければならない。次世代に謝罪を繰り返させないというのであれば、そうさせない為に行動に移していかなくてはなるまい。また、国のために命を捧げた英霊の方々が祀られる靖国神社に、中韓による内政干渉によって首相も天皇陛下も参拝できないという異常な状態を、国民の努力によって変えていかなくてはならないのではないだろうか。

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大東亜戦争終戦の日、靖国神社参拝

8月15日、日本人が涙を呑んで大東亜戦争の敗戦を決意した日から70年を迎えた。我々は靖国神社に祀られる、我が国日本の為に尊い命を捧げ、戦地で必死に戦い亡くなっていかれた英霊の方々に感謝の誠を捧げるため、8月14日に東京へ向かった。14日はまず渋谷にある東郷神社と明治神宮を参拝。その後夕方より新橋にて行われた、時局対策協議会の定例会にオブザーバーとして参加させていただきました。時局対策協議会は全国でも指折りの思想活動家が加盟する協議体で、様々な主義主張を聞くことができ、大変勉強になりました。
15日は、午前10時より時局対策協議会の靖国神社昇殿参拝に同行させていただき、靖国神社本殿内にて御英霊の方々に感謝の誠を捧げました。その後遊就館を見学後、靖国神社境内にて正午の黙祷を行う。毎年の事ではあるが、この正午の黙祷の時間にはすべての人が足を止め、神社一帯は静まり返る。蝉の鳴き声しか聞こえない。そして多くの人が涙する。これが日本人の姿なんだと実感させられるひと時である。今年は戦後70年という事もあって、例年以上に多くの日本人が靖国神社に参拝に訪れていましたが、静かに無事靖国参拝を終えることが出来ました。2日間にわたりお世話になりました、福田議長をはじめ時局対策協議会の皆様、本当に有難う御座いました。

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時局対策協議会の同志の皆さんと記念撮影

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第6回反ロシアデー富山街宣

8月9日、富山県において北陸民族青年会議による反ロシアデー統一啓蒙街宣を行った。富山県は、北方領土の元島民が北海道に続き全国で2番目に多く住んでいる地域であるということで、北陸民族青年会議として北方領土奪還に向けての啓蒙活動を毎年行っている。昭和20年8月9日、当時我が国日本と同盟国であったはずの旧ソ連が、日本が大東亜戦争敗戦濃厚となったと見るや、日ソ中立条約を一方的に放棄し、我が国に宣戦布告し、南樺太、千島列島、満州、朝鮮へと攻め入ったのである。しかも、この宣戦布告は、ソ連によって意図的に日本政府に届かぬよう公電が閉鎖されていたことが明らかになった。日本政府がソ連の侵攻を知ったのは、侵攻開始からすでに4時間が経過してからであったとのことである。我が国は8月15日に敗戦を迎えるが、その後もソ連は侵攻を続け、北方の島々を占拠したのである。その後のサンフランシスコ講和条約によって、我が国は南樺太と千島列島を放棄させられるが、その中に北方4島は含まれていない。それどころか、この条約にソ連は調印すらしておらず、南樺太と千島列島の帰属先すら未だに決まっていないのである。しかしながら、あの侵攻から70年経つ今も尚、北方領土はロシアによって不法占拠され続け、軍事基地の建設を進めるなど挑発行為を繰り返しているのである。この侵攻によって多くの日本人が犠牲になったばかりか、老人婦女子を乗せた引き上げ船までもが標的とされ海に沈められたのである。また、100万人もの日本軍人が、極寒の地シベリアに抑留され、重労働を課せられ、飢えと寒さに苦しみながら35万人もの日本人が死んでいったのである。このような北方の地で繰り広げられた悲劇を、我々日本人は決して忘れてはならない。また、北方4島の返還は、元島民の方々の悲願である。故郷を奪われた同朋の苦しみをすべての日本人が分かち合い、北方領土奪還に今こそ立ち上がろうではないか!
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道の駅メルヘンおやべにて出発式
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小矢部~高岡市内を通り富山市内まで流し街宣


(富山大和前街頭演説会)
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皇方朋友社 竹内最高顧問
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金沢翼賛会 松本代表
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皇國櫻心會 会長 天谷
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皇方朋友社 網渕代表
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皇方朋友社 塩原情宣局長


(富山駅前街頭演説会)
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北雷社総本部 辻本本部長
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北雷社総本部 高橋さん
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尊皇國志隊 後藤総隊長
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皇方朋友社 的場行動隊長
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北雷社総本部 坂本社主

その後再び流し街宣し、解散となりました。毎年猛暑の中での活動ですが、北方領土奪還が叶う日まで我々は訴え続けます。また、富山県を拠点に活動を行っている尊皇國志隊は、北陸全域において日々精力的に愛国活動を行っている右翼民族派団体です。後藤総隊長の魂の入った熱い演説には、我々同志も毎回感動させられています。

右翼とは・・・
時世に媚びず
俗に流れず
権に屈せず
利に走らず
虚名を追わず
悪名を甘受し
漂々孤高の祖国愛に生きる者
これを真の右翼という!
という言葉がありますが、後藤総隊長の生き様そのものであります。富山県内で尊皇國志隊の街宣車を見かけたら、ご声援下さいますようお願いします。


第6回反ロデー富山県大会参加団体
 金沢翼賛会 
 皇國櫻心會
 皇方朋友社
 国粋青年隊北陸本部
 尊皇國志隊
 日本再建の会北陸本部
 北雷社総本部
 北雷社加賀支部

8月9日反ロシアデー富山街宣予告

8月9日(日)、富山県内において、北陸民族青年会議主催、第六回反ロシアデー富山街宣を行います。
午前9時半より道の駅メルヘンおやべを出発し車両による流し街宣、その後12時40分から13時55分まで富山市内大和前にて停止街頭演説、その後14時35分から15時50分まで富山駅前にて街頭演説、その後富山県内を再び流し街宣します。当日は交通混雑などご迷惑をおかけすることもあるかとは思いますが、我々行動右翼の愛国活動にどうかご理解頂き、ご協力ご賛同の程宜しくお願い致します。当日は、ビラの配布や、署名活動も予定しておりますので、ご協力頂ける方は気軽にお声掛け下さい。

富山県は、全国で二番目に北方領土元島民が多く住んでいる地域で、北陸民族青年会議の統一街宣としては、今年で六回目になります。ロシアは、北方領土を返還するどころか国後択捉に軍事基地の建設を進め、メドベージェフ首相の北方領土への年内不法侵入も公言し、北方領土開発の為の投資を募るなど、挑発行為を繰り返しております。このような現状の中で、一日も早く北方領土の奪還を実現する為、国民皆であらゆる手段を考慮し、立ち上がっていかなければなりません。北方領土の奪還は元島民の方々の悲願であります。今こそ日本国民は一致団結し、北方領土の奪還に立ち上がろうではないか!


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プロフィール

Author:kensei594
福井県を拠点に愛国活動を行っている、右翼民族派団体、皇國櫻心會の公式ブログです。
嘗ての大東亜戦争を侵略戦争と位置付け、英霊の方々を侵略者扱いし、近隣諸国に謝罪や反省、賠償を繰り返してきた日本政府の対応や、日本を貶め続けてきた國賊に対し断固抗議し、日本人の名誉と誇りを取り戻し、主権国家としての体制を建て直す為、日々活動を行っています。

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